OYOYO Web Site
top image

2006portugal 09/08
西へ

 午前7時、空港でグラシオーザ島Graciosaへの飛行機を待つ。先ほど何処かの島への便が飛び立って以降、出発ロビーは無人となってしまった。次の便までは1時間半、はて、何をして過ごそう。茶でも飲むか、と思っても自動販売機もない。田舎の空港は風の音しかしない。

 これまででもっとも簡素なセキュリティーチェックを通過し……戦闘機も飛び立つ米軍との共用空港だけどいいのかなあ……乗った飛行機は自由席。まあ100キロも離れていない島なので補助席でもかまわないけど、ってそんな飛行機は無い。

 9時前にグラシオーザ空港、テルセイラよりもさらに田舎の空港に到着。西経28度、4年前に訪れたアイスランドを超えて人生最西端の地となった(アソーレス諸島はさらに西へ続く)。余談だが7年前に訪れたカナダ、ニューファンドランド(北米大陸最東端の地)までは経度で24度。つまり人生において地球15分の14周を達成したことになる。

 今日は日帰りだけど一日この島で過ごす。まずは朝食、と言ってもマクドナルドがあるわけではないので空港のカフェでコーヒー……しかない、しかもポルトガルスタイルのエスプレッソしかない……と甘いお菓子を食べる。

 朝食を食べながら今日の行動を計画。さあて、タクシーを借り切るか……え、タクシーもういないじゃん。さっきまで車が並んでいたタクシー乗り場は今は無人。仕方がない、レンタカーにするか……お、ハーツHertzがあるじゃん、早く言ってよ、こちとらゴールド会員だよ。カードをかざしながら「車貸してちょっ」「もうないですぅ……」。この島に来る場合は早めの行動(もしくは事前予約)をお薦めします。

 幸いもう一軒のレンタカー屋で最後の一台をゲット、無事出発。早速今日の目的地、フルナ・ド・エンショフレFurna do Enxofreへ向かう。レンタカー屋にもらった地図で行き先を確認……しようと思ったが動物園の案内図のような大雑把な地図。まあいっか、GPSを頼りに行きましょう。

フルナ・ド・エンショフレ

 空港から東へ向かい、この島唯一の町、サンタ・クルスSanta Cruz da Graciosaを通過し山道に入る。道の両脇は高さ1メートル程度の石垣が組まれていて、対向車とすれ違う時はこすりそうで緊張する。少し迷って、行きつ戻りつしながらも無事目的地に到着。フルナ・ド・エンショフレは巨大な火口跡で、直径1キロ程度の外輪山に囲まれた窪地だ。外輪山に開けられたトンネルをくぐり、すり鉢の中央へ向かって下っていく。樹木が生い茂り、少し開けたところは牧草地のようになっている。家族とおぼしき団体が牛を追っている。

 終点(もっとも低い地点)に到着。一番乗りらしく他に車は無い。しかし本当の終点へはここからさらに徒歩で向かう。車を降りると予想していたよりもかなり寒い。細い道を少し歩くと、巨大な縦穴が見えてきた。フルナ・ド・エンショフレ名物、火口洞窟への入り口だ。数10メートル下の地底へ向かって、コンクリートでできた螺旋階段の塔を降りる。鉄の扉に手をかけると……あれれ、開かないぞ、定休日?シーズンオフ??せっかくこんな所まで来て無駄足???、地下から沸き上がって来る硫黄の匂いをかぎながらしばし呆然。駐車場まで戻る。近くに掘っ立て小屋みたいな建物があり、張り紙がしてあったので読んでみると「オープンは11時です」とのこと。なんだ早すぎただけなのね。よかった、よかった。

 仕方がない、1時間ほどドライブに行きましょう。外輪山の外に出て、林道のような道を適当に走る。窓を開けて走ると風が心地よい。前方に海が見渡せる下り坂に出た。緑の火山丘が遠く近くに連なり、牛や馬が草をはむ、牧歌的な風景。いいねえ、心がなごむねえ……と油断していたらガツンと倒木に乗り上げて、とっさにブレーキを踏むとエンストしてしまった。これだからマニュアル車は面倒くさい。しばし、静寂に包まれる。空は何処までも青く、大西洋は穏やかな水面。

 気を取り直してエンジンをかける、が、何度キーを回しても無言。スターターが回る音もしない。静寂に包まれる、空は何処までも青い。気分を落ち着けるため、ちょっと立ちション……してたら風が吹いて服にかかってしまった。余計に動転してしまう。まあマニュアル車だし、幸いなことに下り坂なので最悪“押しがけ”も出来るだろう(でもどうやるんだっけ)。

 トイレ休憩が功を奏したのか、やっとエンジンが始動。こりゃあんまりうろちょろしない方がいいなあ、この島だと救助を呼ぶのも大変そうだし。エンストだけは起こさないように注意を払いながらフルナ・ド・エンショフレへ向かった。

地底探検

 到着してみると既に先客が居た、車が2台とまっている。エンジンがかからないときは助けてもらおう。昼が近づき、すり鉢の底にも日が差し込むようになった。180段、コンクリート螺旋階段の塔を降り、ついに洞窟の底へ降り立つ。直径130メートル、天井までは80メートル、深いところでは標高マイナス100メートル、海面下に巨大なドーム状の空間がある。大昔にテレビで見た映画「地底探検」を思い出す。火口から差し込む太陽と、いくつか置かれたサーチライトが柱状節理におおわれたドーム内を照らしている。

 仕切られたロープに従って緩い坂を下る。地獄の釜のように……地獄に行ったことは今のところないが……ぐつぐつと噴いている泥の池がある。こんなとこ歩いていて急に噴火するなんてことはないのだろうか。さらに坂を下ると、空間の奥の方にはなんと大きな池Styx lakeがある。

 先客の集団に案内人が居て、池に向かって降りる道を教えてもらう。ただし「ラグーンは危険だから近づくな」とのこと。池には木の小さなボートがうち捨てられていた。昔はもっと大きな湖で、ボートに乗って観光するアトラクションが人気だったそうだが、水位が低下し硫黄の濃度が高まり、今は近づけなくなっているそうだ。サーチライトが間接照明になり、神秘的な輝きをしている。奥の方は暗くてドームの壁と区別がつかない。ボートに乗ってこぎ出せば、そのまま地底世界に行けそうだ。海に沈んだとされるアトランティスが、実はまだアソーレスで地下都市として生きている……そんなありもしないことを少し考えたりした。

ポルトガルのタコ

 地上の世界に戻り、昼ご飯を食べにサンタ・クルス向かう。また少し道を間違え、しかしそのおかげで素晴らしい景色を目にすることができた。ポルトガル最高峰、ピコ峰Picoが、海の向こうにくっきりと姿をあらわしている。富士山と同じく、きれいな稜線を持つ典型的な火山の形をしている。ただし、ピコ峰のあるピコ島は、ここから60キロ離れた島で、40キロ離れたサン・ジョルジュ島São Jorgeのさらに向こうにある島だ。

 多少迷っても最大長12.5キロの小さな島、すぐにサンタ・クルスに到着。街の中心と思われる公園の前に路上駐車。公園の西側にレストランらしき店を見つけ、そこで昼飯。入り口だけ見るとカフェのようだが、奥で食事ができるようになってる。地元の人で……観光客向けのレストランがこの島にあるとは思えないが……けっこう賑わっている。メニューをもらうが、ポルトガル語のみでまったくわからない。ウェイトレスさんをつかまえて話しかけるがこちらもポルトガル語のみ。仕方がない、くりかおり「旅の指さし会話帳52ポルトガル語」に登場してもらおう。

 とりあえず魚が食べたかったのでp.50魚介のページから食材を指さしてもらう。えーと、これとこれね、お、ポルヴォPolvo(タコ)があるのね、それいってみよう。で、次はp.49、調理方法はどうなのよ?、コジードCozido(ゆでる)ね。じゃあそれポルファヴォールPor favorね(お願いします)。

 タコの煮物は、他にジャガイモ等の野菜と煮込まれたもので、どうやったらこんなに柔らかくなるの?という驚きの食感だった。人生で食べた最も柔らかいタコ、はんぺんか何かを囓った程度しか歯応えがない。他の野菜と一緒に口に入れるとすぐに食材が渾然一体となり、タコと野菜のうま味がうまく混ざり合う。ポルトガルのタコは日本のタコとは違うのだろうか。

牛追い祭りの町

 17時、来たときよりもさらに簡素なセキュリティーチェックを通り、テルセイラ島への飛行機に乗り込む。わずか8時間の滞在であったが、無理をして来ただけの価値はあったと思う。世界の果てと言ってもいい大西洋の孤島で、裕福ではないが平和に暮らしている人々が居る。強国同士の戦場になる事もない、植民地化されて搾取された事もない、人種間紛争になる事もない。過去も、現在も、ある意味世界で最も平和な島だ。フルナ・ド・エンショフレからの帰り道、車が来たのもお構いなしに、のんびりと牛を追う家族の生活が今も続いていることを、日本に帰ってから思い出すことで、勝手に平和な気分を共有させてもらうことにしよう。

 ただ一つ、心残り。帰りの便で、皆一様に駅弁程度の青い箱を持っているのが気になった。どうやらお土産のようだ。皆が買うほどうまいお土産って、どんなんだ?なんで空港のカフェで売ってないんだ??。

 テルセイラ空港からホテルへ向かう帰りのタクシー。「ようこそテルセイラへ、ちょっと遠回りするけど、素晴らしい所につれてったげるよ」と、やたら陽気な運転手。こりゃもう絶対ぼったくりだなあ。まあ、海沿いの道も通ってみたかったのでだまされてみよう。

 内陸部と同じく牧歌的な風景だが、牧草地に加えて耕作地も多い。サン・セバスチャンSão Sebastiãoの町で、大きく海に向かって坂を下る。「ブル、ブル……」、海沿いの通りで何か説明している。おお、そう言えばこの通りは、昨日見た土産物屋の牛追い祭りtourada à cordaビデオで牛と共に群衆が走っていた通りだ。どうやら今週末その牛追い祭りが行われるらしい。キャンプ場とおぼしき空き地にはテント生活の観光客も居る。陽気な運転手は道行く人々と楽しそうに挨拶を交わしている。どうやら彼の地元らしい。彼も祭りを楽しみにしていて待ち遠しい気分が伝わってくる。

 さらに狭い道へ。石垣で小さく区切られた敷地に背の低いブドウの木が植えられている。石だらけの土地を掘り起こし、その石を石垣にして強い海風を防ぎ、やせた土地に根気よくブドウを植えていく。ピコ島ではこの栽培方法が世界遺産に指定されている。アングラ・ド・エロイズモの古い町並みも良いが、伝統的な生活が感じられるこの町もアソーレスらしくて素敵。

 アングラ・ド・エロイズモに到着。この時請求されたタクシー料金は、結局2往復4回の中で最安値だった。サン・セバスチャンの陽気な運ちゃん、ぼったくりだなんてごめんなさい、そしてありがとう。



******


 グラシオーザ島への旅行を計画するにあたり、Takayoshi Katsumataさんにご相談に乗っていただき、貴重な情報をいただきました。お礼申し上げます。


09/08 end


Photo
フルナ・ド・エンショフレpuffin フルナ・ド・エンショフレ
ドーム内部。洞窟入り口。暗いので、手ぶれしてます、あしからず。
牛渋滞puffin 牛渋滞
追い抜くのに20分かかりました。
ピコ峰puffin ピコ峰
ピコ島のピコ峰。標高2351メートル、ポルトガルの最高峰。
タコpuffin タコ
外国で初めてタコを食べました。
先読み 先読み 先読み 先読み candybox counter