砂漠の蜃気楼
6時起床。今日も晴天。っと言っても砂漠だからこれが普通か。テレビのニュースは東京を襲うスーパータイフーン「ま・おん」(台風22号)の映像を映しだしている。排気口から滝のように水が落ちてくる地下鉄構内や、風に飛ばされる横浜のおばちゃん等の、日本でテレビを見ているのと変わらない映像が、フランス語のナレーションで映し出されている。
朝食は昨日と同じくビュッフェスタイル。もちろん内容はそれなりにアップグレードされている。窓の下にはプールがあり、その向こうは廃墟の村。砂漠のオアシス、廃墟の中に立つ最高級のリゾートホテル、季節外れのためか客も少なく隠れ家的な感じもする、これまで泊まったホテルの中でも最高のホテルだった。値段も最高だが。
今日は映画のロケ地巡りな一日。いよいよ本格的な砂漠体験にも突入する。まずはトズールへ向けて南下。山岳地帯を抜けて暫くすると、塩湖とよばれる真っ平らな土地に出る。ここからトズールまではほぼ直線の道だ。土曜日とあってか、明らかに観光目的の多くの四輪駆動車とすれ違う。トズールは、チュニジア最大級のオアシスの町で、ナツメヤシのプランテーションが町を取り囲んでいる。まさに収穫時、どの木もたわわに実を付けている。そんなトズールの町には目もくれず、そのまま通過。ネフタ方向へ向かう・・・。
ここから先、モス・エスパまでの行程は、後から思えば非常に危険なものでした。文章中は、その時々に感じたことを正直に書いていますので、簡単なように思われるかも知れませんが、命を落とすとは言わないまでも、砂漠で一晩明かすくらいの危険性はありました。参考にされる場合は、「自己責任」という言葉を良く理解された上でご計画下さい。
さて、ここからが今日の本番、オング・ジャメルへの道無き道が始まる。幹線道路を外れ砂漠へ突入。自分が持っているミシュランの80万分の一の地図には、ここから先の道はない。実際に、車が通った跡が所々にあるのみで、道と呼べる道はない。ではどうやって全くの素人の自分が数10キロ先の目的地まで行くのか。答えは・・もうおわかりですね・・GPS。世界には奇特な人がたくさん居て、自分が行ったところのGPSデータを逐一公開してくれている。今回も、目的地のデータは事前に入手済みで、後はコンピュータの示す方向に向かって進めば迷うことなく着けるというわけだ。便利になったものだ。
暫く走ると、直ぐに360度、建造物が何も見えなくなる。浜辺に草が生えたような土地を、車の轍(わだち)を頼りに数10キロ先の目標に向かって進む。時速20キロ程度とかなり速度を落としてはいるが、それでも振動が激しく後ろの座席に置いたカメラが心配だ。
10キロ程度走っただろうか、なんだか道らしい雰囲気のところに出た。土手のように一段高くなったところにブルドーザーでならしたようなはっきりとした轍が出来ていて、GPSが示す方向に順調に向かっている。周囲は相変わらずの荒れ地だが、塩湖から砂漠に移ったようで、植物が一切見られなくなった。
遠くに人影が見えた。よく見ると、土手の下を、遠くから走ってくる人が居る。なんですとーーーー。いったい何処から、何処まで、この季節でも外気温は35度を超えている(この車には温度計が付いている)中を水も持たずに・・・。気付くと他にも大勢の人が走っている。何かの大会のようだ。当然そんなことをするのは地元チュニジア人ではなく、どう見ても赤ら顔のヨーロッパ人だ。わざわざお金と時間をかけて砂漠を走りに来るなんて、何が楽しいんだ。
最後に小さな丘の間の峠を越えて、目的地オング・ジャメルへ無事到着。わざわざ半日使ってここまで来た理由は、ラクダ岩を見るためだ。数10メートルの高さの岩山があり、頂上の部分が、あたかもラクダの首のように突き出て風化している。後ろには同じくらいの高さの岩山があり、合わせて本当にラクダが寝そべっているように見え・・・なくもない。
この岩を有名にしたのは、映画「イングリッシュ・ペイシェント」。舞台はチュニジアではないが、ロケの多くはチュニジア各地で行われ、このラクダ岩も印象的に使われている。主人公の甘美な恋愛体験を、砂漠の風景を蜃気楼のように取り込み描いた作品だ。目を転ずれば、地平線に本当に蜃気楼が浮かび上がっている。幻想的な自然の造形美をしばし堪能。
が、素直に堪能させてくれない物が二つ。一つは土産物屋の少年。丁度ラクダ岩を眺めることが出来る地点の側に掘っ建て小屋があり、車が到着すると直ぐに駆け寄ってきてまとわりつく。手にしたブレスレットのような物を差し出して、買ってくれと視線を向ける。子供にこんな商売をさせて、親は何をしているのだろうか。申し訳ないが、買う気にはなれない。
そして風景を堪能させてくれないもう一つは、ハエ。ほんの数分居ただけで、数えるのもおぞましいほどのハエが集まっている。車に乗り込むとそのまま一緒に入ってくる。窓を開けてしばらく走るが出ていく気配はない。結局一匹ずつ退治するしかなく、数日間悩まされることとなった。
惑星タトゥイーンへの道
次の目的地、モス・エスパに向かって更に車を進める。モス・エスパは実際の地名ではない。映画「スターウォーズ」に出てくる架空の都市で、その屋外セットが砂漠の真ん中に作られている。急勾配の砂山を、勢いを付けて登り切る。と、真っ逆さまに落ちてしまった。逆さまという表現は事実と反する誇大な物だが、ジェットコースターの最初の急勾配を、まったく制御の効かない鉄の箱と化した車で落ちたのは事実だ。幸いなことに、この坂は実物のジェットコースターほどは長く続かず、直ぐに緩い勾配となり、無事着地。振り返ってみると、高さ6〜7メートル程の砂の壁。ひっくり返らなくて良かったね。
モス・エスパに近付くにつれ、大きな砂丘が目に付くようななる。GPSだとほんの数キロ先にあるはずが、砂丘が邪魔をしてなかなか近づけない。なるべく小振りな砂丘を選んで登頂を試みる。が、頂上に着く前にあっさりエンスト。エンジンをかけ直すがタイヤが空転するばかり。ちょっと焦る、冷や汗。が、幸いなことにバックはできたので無事に抜け出せた。
なんとか数回の冷や汗の後、モス・エスパに到着。なんだか大勢の人が居て盛り上がっている。なんと、ここがマラソン大会のゴール地点になっている。せっかく一人でスターウォーズごっこをしようと思っていたのにメイン通りは完全に占拠され、特徴的なタトゥイーン星人の住みかも大会本部や救護センターに利用されている。仕方がないので周囲を散策。
砂漠の真ん中に(映画で見るよりはかなり小規模だが)これだけのセットを作る為にはいったいどれだけのお金が必要なのか、またどれだけの期間が必要なのか。想像するきっかけもわからないまま、灼熱の太陽の下、ぶらぶらと歩く。建物の中に入ってみる。意外としょぼい。鉄筋コンクリートとか、FRP製の型枠で組み立てられているのかと思っていたら、内側の骨格は木だ。木でだいたいの形を作り、その周りに金属のネットを被せ、石膏のような物を塗り込んで固めてある。撮影終了からどれくらいの期間がたっているのか知らないが、かなりぼろぼろで、金属ネットがむき出しになっている部分も多い。
町の外には、何に使ったのかわからないが、ロケットの部品のような物が無造作に置かれている。部品に寄りかかり、町を眺め、映画の中のモス・エスパの喧騒を思い浮かべる。単なるセットなのに、ここに本当に誰か暮らしていたような気がしてくる。これくらいの規模であればスタジオのセットでも作れると思うが、あえて本物の砂漠の中に作ったのは、この空気感のような物を映したかったのだろうか。ともかく、かつて映画オタクであった元青年は、ジョージ・ルーカスと同じ景色を眺めることができて、恐悦至極でございます。
大塩湖、縦断
帰り道はネフタを目指す。と、こちらはブルドーザーでならしたような道らしい道だ。スターウォーズのオープンセットを作るだけの資材を運んだのだから、当然トラックが通れる道があると思っていたが、こっちだったのね。この旅行記を参考にして自力でモス・エスパに行こうと思う方は、ネフタから北上することをお薦めします。
ネフタから西へ走りトズールの町まで戻り、昼飯探し。通りで適当に車を停め、またパン屋を探すつもりだったが直ぐ近くのレストランが目にとまる。メニューを見ていると、感じのいいお兄さんが笑顔で迎えてくれる。じゃあここにすっか。
メニューを見てもよくわからないので、ガイドブックの写真を見せて料理を注文する。日本のチュニジア料理店でも食べた、タジン(チュニジア風卵焼き?オムレツ?厚焼き卵?)を注文。これがものすごく美味かった。東京都内にある某チュニジア料理店では、何を頼んでもハリサの辛さが効いていたが、ここの料理はそれほど辛くない。焼き加減も絶妙。この旅行中に食べたチュニジア料理の中でもっともうまかったと言っても過言ではないだろう。
食事も終わり、今日の宿でもありスターウォーズの聖地でもあるマトマタへ向かって出発。ショット・エル・ジェリド(大塩湖)を南下する。地平線まで続く真っ白な大地・・・を期待したが意外と茶色。大塩湖というよりも、大泥湖だ。50キロも続く直線道路の途中には、いくつもの掘っ建て小屋のようなカフェがあり、申し合わせたように塩で作った(ように見えるが張りぼてかも知れない)ラクダが置かれている。カフェの営業って、許可が要るのだろうか。勝手に営業してんのか。
マトマタへ
サハラ砂漠の入口の町、ドゥーズを通過しここからはひたすら西へ。傾きかけた陽を背にして爆走する。大地は完全に乾ききり、羊を追いかける人の姿も見かけなくなる。
ドゥーズとマトマタの間は100キロ程だが、途中にある町はタメズレットだけだ。平野の直線道路からカーブの多い道に変わり山岳地帯に入る。登りきったところがタメズレットだ。イスラムの侵攻から逃れたベルベル人が隠れ住んだ町で、貧しい生活をしている。見晴らしの良いところに展望台を兼ねた土産物屋がある他は、崩れかけたような家が並ぶばかり。
マトマタ到着。ホテルはディア・エル・ベルベル。この地域の観光名所である地下住居を模した作りで、曲線を多用し茶色く塗り込められた外観が面白い。入り口には旅行会社のステッカーがたくさん貼ってあり、日本の会社の物も見受けられた。チェックインを済ませ、部屋まで案内してもらう。荷物係は相当な年輩のおじいさんで、一応ジャケットを着ているが背中に大きなシミがある。被っている帽子から推測するに、ベルベル人のようだ。しかし、3階の部屋まで2つのスーツケースを一気に運びあげるのだから私より筋力がある。いったいどれくらいの収入があるのだろうか。
既に暗くなりかけているが、今日のロケ地巡りの最後、 Hotel Sidi Drissを探す。ここはベルベル人の実際に使われていた地下住居を改装してホテルにしたところで、スターウォーズ一作目でルークが住んでいた家、そして酒場として使われたところだ。マトマタの町をよくわからないままぐるぐると回っていたら、いつの間にか到着。早速見学。
入り口を入り階段を下りると、程なくして中庭に出る。中庭を中心に放射状に穴が掘られ、それぞれが住居のようだ。また、穴の一つはまた別の中庭とつながっていて、ここも庭を中心に部屋が造られている。こうして分子構造の模型のように住居を拡張していくようだ。スターウォーズドリンクとか、スターウォーズまんじゅうとか売っているかと思ったが、いくつか写真が飾られているだけで質素な作り。宿自体も、共同のシャワールームがあるだけのいわゆるドミトリータイプ(相部屋)で、よほど旅慣れた人でないと利用できない。その分値段も格安だが。
表に出て、地上から中庭を覗いてみる。穴は起伏を利用した場所に掘られていて、数メートルも下がるとそこに住居があるとはわからない。侵略に耐え、細々と生きてきたベルベル人の苦労と智恵が感じられる。宇宙の荒くれ者が集まる酒場とベルベル人の生き様が重なるようで、この地を選んだ映画スタッフの情熱を思い、暫く感慨に浸った。
宿に戻り晩飯。今日もビュッフェスタイル。が、なんだか運動部の合宿に出てくるような飯で、これだったらお金を払ってでも町のレストランで食べれば良かったと後悔。両親宛の絵はがきをしたため、寝た。
10/09 end
|