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1px 屋久島
2003年4月6日

 「風の中のす〜ばある、砂の中のぎ〜んがあ〜」「プロジェクトX」のテーマが頭の中に流れているのとはお構いなしに、着陸態勢に入ったYS11は徐々に降下を始めている。少しぼやけている窓からは快調に金属音を響かせているロールスロイスエンジンのカウル(被い)が見える。戦後、日本が独自技術(・・・と言い切るのは難しいが)で作った、最初で最後のこの旅客機は、あと数年での引退が決まっている。それまでに一度は乗りたいとの願いが、「世界遺産の島」への旅行でやっとかなうこととなった。

 そんな感傷とは裏腹に、鹿児島からわずか40分、羽田から入れても4時間で、あっけなく南の島の小さな空港に到着した。空港からバスに乗り、宮之浦(みやのうら)を目指す。気さくな運転手は「宿は何処?、ああ、だったら○○でおりんね」と話しかけてくる。べた凪の海を右手に見ながらゆっくりと進む。ここ数日は好天が続いているそうで、明日も天気は良さそうだ。まずは安心。

 同じく宮之浦で泊まる一人旅の青年がおりたので、慌てておりようとすると運転手が「うーーん、次の方が近いけど、どうかなあ、まあ景色でも見ながらゆっくり歩けばいいかあ、1キロくらいだから。まっすぐ行って、左手ね。じゃあどうも」。と、結局おろされてしまった。

 仕方がないので、スーツケースを引きずりながら坂をのぼる。NHKの朝ドラマ「まんてん」を見ていると、屋久島は物凄い田舎、町にある店は浅野温子の日高商店だけ、のようだが宮之浦は普通の町で、パチンコ屋もあればスーパーもある。逆に屋久島に居る気分には遠い。まあそんなもんだよなあ。道は下り坂になり、宮之浦の港を見ながらのんびり歩いていると、「民宿たけすぎ」が見えてきた。その先、数十メートルには、次のバス停も見えた。確かに次の方が近かった。

 自動ドアを入るが誰もいない。カウンターには「ただいま食事の支度中」の文字。食堂を覗くと女子高生のような子が出てきた。若女将?、アルバイト?。よくわからないが2階の203号室に落ち着く。これまで共働きで、時間はなくてもお金には多少の余裕があった我が家は、ホテル(旅館)と名前の付くところしか泊まったことがない。初めての民宿体験で多少不安があったが、清潔で申し分ない。また「民宿」という言葉からイメージする「普通の民家、家族経営、家人とのふれあい」とは違い、どちらかと言えば、「旅館」寄りな感じも安心感がある。荷物を広げ、夕食までのひととき、散歩に出かけた。

 10分も歩けば港に到着する。宮之浦は、鹿児島からの高速船も発着する屋久島で一番大きな港らしいが、漁船の整備をしている数人を除けば誰もいない。心地よい、海を渡る風に吹かれ、やっと島にいる気分が感じられた。

 夕食は食堂でいただく。春休み明けで端境期(はざかいき)らしく、数組の客しかいない。姿の見えない板さんを除けば、今日は先ほどの女の子が一人で切り盛りしているようだ。メイン料理はトビウオが一匹丸ごとの唐揚げ。胸びれを広げ、飛んでる姿そのままに揚がっている。なんだか笑ってしまう。他にも色々な料理が並び、満足のいく内容だった。いつも旅館に泊まると山のような刺身が出て食べきれず残してしまい、なんとなく後ろめたい気持ちになるが、量的にも丁度いいものだった。ただし、人によっては物足りないかも知れない。

 食後、しばらく酔いを醒ましてから、お風呂にはいる。男性用は、洗い場が5つ。浴槽も5人くらいは入れそうな広さ。温泉ではない(宮之浦に温泉は出ない)。明日から3日間は体力を使う予定なので、早めに就寝。
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YS11 at Yakushima airportpuffin 屋久島空港
1px南の島の小さな空港です。
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亀の手puffin 亀の手
1pxいそもん(磯で採れる物)です。本物の亀の手を切ったわけではありません。
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1px 屋久島
2003年4月7日

 「ぴーんぽーんぱあああん・・・」と、7時の役場の放送で起こされる。ちょうど起きる予定の時間なので申し分ないが・・・うるさい。ごく普通の(これが大事)、きっちりとした朝食を、きっちりと食べて、出発の準備。

 今日から3日間は、屋久島野外活動総合センター(YNAC(わいなっく))で、マウンテンバイク、リバーカヤック、森歩きの予定。YNACは、エコツアー(と言っても「エコツアー」の定義も難しいけどね)を主催する、屋久島の中でも老舗的な会社で、自然との「遊び」を総合的に演出する、屋久島入門者の我々にはもってこいの会社だ。他にもエコツアーを名乗る会社は幾つもあるが、ここを選んだ理由は、「縄文杉には行かない」という明確なポリシー(詳しくはYNACのホームページをご覧ください)と、なにより田口ランディ著「癒しの森」の影響が大きい。屋久島に行くことを決めた後に古本屋で見つけて買った本だが、屋久島がどんなところか、この島とどう接するべきか、考えさせられる事が多い本だった。そして、著者が屋久島に深く関わるきっかけとなったのが、YNACの人たちなのだ。

 サングラスに短パンと、格好だけはマウンテンバイクスタイルにして、宿から数百メートルのYNACの事務所へ向かう。普通は宿まで送迎してもらえるのだが、近くだったので「直接お越しいただけますか?」「はい」って事で、徒歩で向かう。実は昨日バスから宿に来る間に「あ、こんなところに」あったのを確認してたのだ。

 程なくして、YNAC到着。一方の壁側にはダイビング機材が並べられ、他方の壁の本棚には海や山の資料が並んでいる。中央にはテーブルが二つ。入り口正面にはカウンターがあり、女性が一人働いていた。

 椅子に座り待っていると、今日案内していただける方がやってくる。幼稚園の先生が似合いそうな「ガイドの藤村です」さんと、物静かな感じの「アシスタントの鷲尾です」さん。両者とも、確実に我が夫婦より若い。他にこのコースの参加者は居ないらしく、早速藤村さんの、YNAC初心者向け屋久島自然講習が始まる。なんだか小学校の授業を受けている気分。やっぱりこの人、先生向きだ。

 ライトバンに乗り込みいざ出発。屋久島はほぼ円形で、平野部はほとんど無く、海岸からすぐに2000メートル級の山々が立ち上がっている。そのため島一周道路がある他は、登山道の入り口や名所に向かう盲腸線(鉄道オタク用語です。行き止まりになっている、戻ってくるしかない路線のこと。)しかない。そして今日行く西部林道は、名前のとおり島一周道路の西側を占める道路だ。また、世界遺産指定地域でもある。宮之浦は東北の位置にあり、反時計回りに西部林道を目指す。

 道すがらも、藤村さんのお話は続く。世間話だったり、車窓の風景だったり。途中、永田のいなか浜でトイレ休憩。ウミガメの産卵で有名な浜だがまだ時期が少し早いそうだ。代わりに卵の殻を見つけて見せてくれた。ピンポン玉くらいの大きさらしい。殻は意外と柔らかい。遠くには口永良部島が見える。

 西部林道の入り口に車を止め、準備体操、そしていよいよ自転車の準備。「シルベスタと、シルビアです。」と、大小2台のシルバー(銀色)の自転車を渡される。なんだかなあ、な、ネーミング。一通りの乗り方講習を行った後、やっと出発。

 屋久島はまさに今が新緑の季節。紅葉しない照葉樹林帯なのでいつ来ても緑のはずだが、今年新しく出てきた葉っぱは周りと輝きが違う。また種類によっても微妙なグラデーションがある。天気も良く、絶好のツーリング日より。少し走っては止まり、藤村先生の解説が入る。息を切らせてガンガンに走りたい飛ばし屋の私としては物足りない気もするが、今まで「きれいだね」で通り過ぎていた自然に少し近づいた気がした。

 途中の河原で休憩。藤村さんは「屋久島の水は何処でも飲めますよ」と、ためらいもなく沢の水を飲んでいる。保健所的にどうであるかは知らないが、少なくとも人間の手によって汚染されている可能性は限りなくゼロに近い。海岸のわずかな平野を除けば住む人はなく、川の上流に居るのは登山者か、我々のような観光客だけで、幸いにして今のところ観光客のマナーも優れているようだ。

 おやつを食べて、いざ出発。新緑の他にも、さくらつつじの花が彩りを添えている。カーブを曲がる毎に景色も変わる。相変わらずの藤村先生の解説のもと、休み休みの行程が続く。しかし知識が乏しく「さあいくりんぐ、さあいくりんぐ、やっほー、やっほー」な気分の我が夫婦は「へえー」とか「はあー」しか返事が出来ないのでちょっと申し訳ない。せめて「今のはすごい、20へえだ」とか言えばよかったかな(テレビネタです)。

 またひとしきり走り、お昼ご飯となった。YNACのツアーはいずれも昼食付き。仕出し弁当でも出るものと思っていたら、登山用のガスコンロの準備をしている。まずはコーヒーで一服、のはずが、粉を忘れたらしく、白湯(さゆ)で一服となった。しかし目の前の沢の水は沸かしただけでもかすかな甘みがありじゅうぶんにおいしい。これはこれで正解。

 気持ちだけお手伝い(卵を溶いた)をし、後は手際よく進む食事の準備を眺めていた。食パンに野菜やチーズ、肉をはさんだものを・・・崩れないように四隅が糸で縛ってある・・・を溶き卵にからませ、フレンチトースト風に焼く。においに誘われたか、数頭のヤクザルがこちらの様子をうかがっている。焦げ目が付いたところで皿に取り、糸を取り外せばできあがり。世界遺産の森の空気を感じながら、美味しくいただいた。

 食後休憩をしていると、頭上を何かが横切り背後の木に留まった気配がした。鳥かと思って振り返ると、サルだ。こちらを全く無視して、せわしなく新芽をかじっている。邪魔しないように、そっと出発。

 午前に比べて、風が出てきた。少し肌寒い。「高いところは、大丈夫ですか?、まあ無理しないで行きましょう。」という意味不明なお言葉。「今日は此処までです。」という所までくると、自転車を脇に寄せ、藪の中に入っていく。何があるの?と思ってついていくと、巨大な岩が目の前に。ロープを伝って登っていくと、そこは最高の見晴台だった。岩の上は平らになっていて、4人登ってもまだ余裕がある。しかし海に向かって若干の傾斜があり、下を覗く時は少し緊張する。鷲尾さんが「風の通り道が見えるよ」と教えてくれる。確かにさわさわと葉を揺らしながら風が伝わる様子がよくわかる。そうして斜面を駆け上ってきた風はやがてこの岩の上にも到着し、体の中をすり抜けていくようだ。鈴木祥子の歌の歌詞にあった「風の扉が開く」というのはこんな感じかと、のんびりと、考えていた。
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いなか浜puffin いなか浜
1px東シナ海。遠くに口永良部島が見えます。
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ヤクシカpuffin ヤクシカ
1px西部林道サイクリング。ヤクシカと一緒に記念撮影。
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1px 屋久島
2003年4月8日

 「・・・本日、8時10分発の、口永良部島行きフェリーは、悪天候のため、欠航いたします・・・。」今日も役場の放送で起こされる。昨日の夕方から降り出した雨はすでに上がっているが、海上はまだしけているようだ。リバー・カヤックの予定だが、増水が少し心配。昨日と同じく9時にYNACの事務所へ。「岡田です。」と、少しおっとりした感じの女性が現れた。ライトバンに乗り込みいざ出発。参加者は今日も二人だけ。

 目的地は島の南東に位置する安房川の河口。昨日とは逆に、島の周回道路を右回りに走る。岡田さんは口数が少なく、移動中もそれほど会話はない。少しうとうとしているうちに、いつの間にか河口に着いた。

 階段で水面近くに下りられるようになっている場所があり、さらに水面に向かって緩く傾斜の付いたコンクリートの船着き場のような空間がある。準備体操の後、まずはコンクリートの上でパドルの持ち方、漕ぎ方、カヤック内での体勢の取り方、沈(ちん)した時の降り方を一通り習う。

 そしていよいよ乗船。言われたとおりの乗り方をすれば、体勢を崩すこともなく、簡単に乗ることが出来た。ジタバタ漕いでいるうちに、なんとか思う方向にも進めるようになる。方向の維持の仕方、向きの換え方を習い「後は気にせず好きに漕いでください。沈したら助けに行きますので。」と、頼もしいお言葉で出発となった。

 川上に向かって、ゆっくりと漕いでいく。ほとんど流れはないので、手を休めても下流に流されていくことはない。妻の方も、無理なくついてきているようだ。しばらくは船着き場等の人工的な護岸だったが、すぐに自然の森に変わった。昨日と同じく、木々の説明を受けながら休み休み進む。屋久島では、3月から4月始めにかけての春雨前線に伴う雨を「木の芽流し」と言って、日々新緑が鮮やかになっていく様を表現するそうだが、昨日と比べても緑が鮮やかになっているような気がする。小さな砂地があり、上がって休憩。おやつをいただく。

 時折川下から「はい右!左!右!はい!」と気合いの入った声がしていたが、だんだん声の主が近づいてきた。シー・カヤックに乗った、タンクトップのマッチョなインストラクターに引率された、一組のカップルだ。我々は川岸に寄り、やり過ごすことにする。流れの速いところにさしかかり、「はいしっかり漕いで!右右!左!」と怒声が飛ぶ。別にさあ、国体に出るわけじゃないんだからさあ、もうすこし楽しくやろうよ。

 さて、我々の番になり、岡田さんがまず出発。すいすいすい、と流れに乗り、急流の真ん中にさしかかる。なかなか向こう側に行かない。そんなに大変なの?と思っていると、白波に向かって漕いでいる。ひょっとして、遊んでるだけ?

 さて自分の番。急流にはいると、さすがにこれまでのようには行かず、くるりと回ってしまう。それでもなんとか流れの緩やかなところまで進めることができた。なんとかなるもんですね。

 広い河原に上がり、お待ちかねのお昼ご飯。皆でたきぎを集めるところから始まる。岡田さんがかまどを作り、火をおこす。「雨の日はどうするんですか?」と聞くと、「なんとかして火をおこします。」とのこと。

 今日のメニューは何かと思えば、サッポロ一番。しかし具(ダシ?)として鯖節(さばぶし。なまりぶし状態のさば)とトビウオの薩摩揚げが入る、屋久島ならではの贅沢なインスタントラーメン。

 ビールを飲みながらお湯が沸くのを待つ。今日もほとんど見てるだけ、で美味しそうなにおいがしてきた。川では先ほどのカップルがまだ頑張っている。「国体目指して、がんばれえええ」と、心の中で声援を贈った。さて、ラーメン完成。かつお節にも劣らないさばのダシが、サッポロ一番のみそ味と合わさって絶妙な味わい。屋久島の味、満喫でした。

 後かたづけ。岡田さんは丁寧に炭の燃え残りを崩している。「水かけりゃいいじゃん」、と、今までの数少ない焚き火経験では思っていたが、自然に対する細やかな気配りに考えさせられてしまった。こう見えても・・・誰も見ちゃいないが・・・学生時代は山登りをしていたが、ただ楽しく仲間と登るだけに終始していたような気がする。もちろん、ゴミは持ち帰る、自然を破壊しない等の気配りは持っていたが、立ち止まって、周りを眺めてみる気持ちには欠けていた。YNACの掲げるエコツアーの理念が少しは理解できた気がした。

 食後、もう少し上流に向かって進む。午後は完全に放し飼いにされ、好きなところに漕ぎ進む。少し浅くなって、流れが急になっているところがあり、挑んでは流され、流されてはまた挑み、船遊びを楽しむ。

 心地よい疲れと二の腕の日焼けを残し、帰路に就く。共同浴場、楠川温泉(くすかわおんせん)に案内される。安房から宮之浦に戻る途中の道から少し山に入ったところにある。地元のための共同浴場なので大した施設はないが、硫黄臭があり、多少ぬめりもあるりっぱな温泉だ。5人程度でいっぱいになりそうな小さな湯船だが、他に2人しか居なかったので手足を思い切り伸ばすことができた。酷使した右手首が少し痛い。太陽にさらされていた腕の部分は赤く日に焼けている。一日運動して、温泉に入って、至福の一時。

 宮之浦への帰りの車は完全に寝てしまった。宿に着き、晩ご飯の前に屋久島焼酎、三岳(みたけ)を一杯。だんだんと屋久島の魔力にとりつかれてきている。社会復帰できるだろうか。
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カヤックpuffin リバー・カヤック
1pxゆったりとした流れの上で、まったりとした一日。
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楠川温泉puffin 楠川温泉
1px夏はダイビング目的の観光客で混みそうだなあ。
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1px 屋久島
2003年4月9日

 YNAC最終日、白谷雲水峡フォレストウォーク。他に4名の参加者がいた。いずれも女性。ガイドは小原さん、男性。YNAC創立時のメンバーの一人で、屋久島のことなら知らないことはなさそうな人だ。どんな人なのか一度お会いしたいと思っていたので、今日一日楽しみだ。

 最初に弁当が配布され・・・今日はさすがに自炊はできないか・・・簡単なレクチャーの後、例の如くライトバンで出発。白谷雲水峡へはここ宮之浦が出発点となる白谷林道で向かう。橋の欄干にサルの像があったが「あれはヤクザルではない。像を作ったときにヤクザルの見本がなかったから」と、いきなり小原さんのこだわりが感じられる発言。

 途中車を止めて照葉樹林を眺める。古くからの自然の状態が残る森、伐採された後に再生した森。違いはあるが、いずれにしても屋久島の森は自然が濃い。植林された杉の森か、住宅地が造成された後に残されたわずかな雑木林しか目にすることのない生活をしていると、屋久島の森は圧倒的な迫力で迫ってくる。

 またしばらく移動すると、ヤクザルを発見。「かわいい」という車内の声に対して「そうかあ?」と小原さんの返答。一言うんちくがありそうだったが・・・きっとサルの生態の話で一日終わるだろう・・・しばらく停まった後すぐに移動となった。小原さんウオッチング、面白い。

 白谷雲水峡、到着。数年前までは訪れる人も少なかったそうだが、準備体操の後、いよいよ出発。小原さんを先頭、僕が最後尾となって歩く。少し歩いては立ち止まり、周囲の植物についての解説が入る。本当に、よくこれだけネタがあるなと思うほど、YNACの人たちは自然に詳しい。ただのアウトドア好きなだけではYNACのガイドはつとまらないようだ。優しい表情の小原さんも、スタッフに対しては厳しい人に違いない。

 途中、川沿いに大きな岩があった。植物の生えている部分と岩がむき出しの部分がはっきり分かれていて、大水の時の出水の状況が感じられる。小原さんは、わざわざ岩の縁の難しい部分から登り、ちょっと得意そうな顔。「さあ登って見ろ」という感じで、後ろの列を手招きしている。なんだかお茶目。

 いよいよ森にはいる。周囲のもの全てがコケに被われている。折り重なる倒木も、巨大な屋久杉も、緑の衣をまとい、静かにそこに存在している。しかし、このもののけ姫の森は、自然に今の形になったわけではない。

 勘違いしている人が多いと思うが・・・僕が知らなかっただけかも・・・屋久島の森全体が世界遺産に指定されているわけではない。指定されているのは尾根沿いや西部の照葉樹林帯のみ。いびつな形をした狭い地域だ。ここ白谷雲水峡も世界遺産には含まれていない。江戸時代に一度伐採され、その後に再生した、人の手が入った森だからだ。ほとんどの杉は樹齢200年程度で、至る所に切り株や、切られたまま残った倒木がある。しかし、切り株が残されたことで、切り株の上に屋久杉を含む色々な樹木が成長し、自然の森として立派に再生し、現在の神秘的な景観を形作っている。つまり、人間の手が加わったからこそ、現在の白谷雲水峡の姿があるわけだ。

 しかし数百年かけてよみがえった白谷の森も、また人間によって形を変えようとしている。途中、奇声を上げる若者のグループとすれ違った。「最近の若者は、と言う言葉は使いたくないが・・・」と小原さんは悲しそうな顔をしている。ところどころ、明らかに道を外れて人間が踏み込んだ跡がある。しかし、林道を整備し、多くの人を呼び込もうという政策をとっているからには、心ない人が増えることも覚悟しなければならない。残念だけど、今後は柵で囲うことも必要かも知れない。たとえそれが小原さんの望む姿では無いとしても。

 YNACのオフィスに戻り、精算。三日間、楽しいだけではなく、自然に対する様々なことを考えるきっかけを与えてくれたスタッフの皆様に感謝。宿に戻り、今日も三岳を一杯のんで、気持ちよく眠りにつく。
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屋久杉puffin 巨大な屋久杉
1pxなにをどうしたらこんな形、こんな巨木になるのか、自然の造形は不思議です。
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洞puffin 屋久杉の洞
1px屋久杉の洞から空を見上げてみました。
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1px 屋久島
2003年4月10日

 さて、今日明日は、自由行動。レンタカーを借りてくる。急げば2時間程度で一周できる小さな島だが、それぞれの観光名所が離れている上にバスの便は少ないのでレンタカーが便利だ。1000ccクラスであれば、24時間借りても6000円だ。

 まずは白谷雲水峡と並んでどうしても行きたかった屋久杉ランドに向かう。なんだか陳腐な名前だが、屋久杉の森を巡るハイキングコースだ。謎の名前のパン屋、「凡我塔ひらみ屋」でお昼ご飯用に牛乳や菓子パンを買い、安房方面に向かう。

 屋久杉ランドは、島の南東、宮之浦から1時間程度、白谷の標高が800メートル前後なのに対し、こちらは1,000メートル以上の所に位置する。また、白谷と同じく世界遺産指定地域に入らない、正式には自然休養林と呼ばれる一帯だ。

 入り口でなんとか協力金を払い、森に分け入る。すぐに屋久杉の巨木に囲まれる。白谷が照葉樹林帯から屋久杉林に移り変わる境に位置し木の種類が豊富なのに対し、こちらはほとんどが屋久杉の森だ。静かに巨木がたたずんでいる。立派な吊り橋が架けられ、屋根のある休憩所もありよく整備されていが、木の根っこが張り出していたり、滑りやすい所もあるのでそれなりの靴を用意する方が望ましい。

 しかし白谷と比べ通る人はまばらで静か。森林浴気分でのんびり歩く。小原さんが居てくだされば怒濤の解説があるのだろうけど、二人だけだと本当に静かだ。

 1時間ほど歩いたところで、お昼ご飯。沢のそばのベンチに座る。せせらぎの音を聞き、屋久杉の空気に触れながら食べる事が出来る、最高の環境だ。白谷雲水峡での昼飯は、人の通過も多く・・・特にカメラを持った若者が・・・、正直言って落ち着いて食べられる雰囲気ではなかったが、ここは本当に静かで落ち着いている。見応えのある杉の巨木もたくさんあり、じゅうぶんに楽しめると思うが、もったいないなあ・・・。

 食事を除いて2時間ほど歩き、駐車場に戻る。林道をさらに山に入ると、車で観光できる中では最大の屋久杉、紀元杉が見られるというので行ってみることにした。猿の姿を時々眺めながら、だんだんと尾根に近づいていく。と、唐突に紀元杉の看板が現れた。林道の端に車を停め、木の階段を下りる。うぅーーーん、確かにこれはすごい。樹齢3000年(推定)、周囲13メートル。20種類を越える着生植物を従え、一つの小宇宙を形成しているようだ。発芽し、成長し、種を残し、やがて枯れていく。我が家のベランダでも繰り返される自然の摂理が、ここでは数千年を単位として繰り返していく。屋久島の時の流れに、しばし、思いをはせてみた。

 次は林道を延々と戻り、大川の滝(おおこのたき)を目指す。大川の滝は、島の南西、西部林道の南の端にある。屋久島は狭い土地に高い山、多い雨と、滝が出来る要素がそろっていて、島内各地に有名な滝がある。昨日までの林間学校気分から、今日は完全に一般観光客だな。

 で、大川の滝、到着。滝自体はぼちぼちだが・・・一応、日本の滝100選に入るらしい・・・青緑色に輝く滝壺が美しい。腹這いになって流れに手を突っ込んだりして、しばし、水遊び。滝の水で沸かしたコーヒーを売りつける人が居るというので楽しみにしていたが、季節はずれのせいか、居なかった。

 帰り道、屋久島フルーツガーデンに寄り道。フルーツ村や、フルーツパークなど、日本中にある観光施設を想像して行ったら、なんと「まんてん」でゴルゴ松本が経営していた怪しいトロピカル村そのままの風情だ。掘っ建て小屋のような建物におばさんが二人、店番をしている。駐車場に座っていた怪しいおじさんがやってきて「それじゃあご案内します」

 「はいこれがパパイアの木です。バナナです。ドラゴンフルーツです・・・」と、広い園内を息つく間もなく歩き続ける。季節外れで実がなっている物は少ないが、熱帯のフルーツで素人が思いつく物はまず間違いなくここにある。話を聞いていると、この人が一人で始めて、一人でここまで大きくしたようだ。

 小屋に戻り、フルーツとジャムの試食。屋久島名物、タンカンのジャムもある。ちょっと小腹がすいていたところなので、美味しくいただいた。

 宿に戻り、今日も三岳を一杯。決まった料理の他に「これ、自宅で作ってきたんですけど、よろしかったらどうぞ」と女将さん手作りの品が追加される。長期滞在の特権か、気に入られたのか、暇なのか、ここ数日他の客にはないサービスをしてもらっている。なんだか気分がいいなあ。

 お風呂で長期滞在しているお兄さんと一緒になる。もう3ヶ月、屋久島にいるそうだ。はじめは観光できて、仕事を見つけて、今はまた無職でぶらぶらとしている。なにが彼をそうさせているのだろうか。

 夜中に目が覚める。隣の部屋からテレビの音といびきが聞こえてくる。おおかた酔っぱらってそのまま寝込んだのだろう。いびきは仕方がないが、テレビは消せよ。よっぽど怒鳴り込もうと思ったが、我慢して寝た。
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屋久杉puffin 屋久杉の苔
1px屋久杉は弱酸性を示すため、それに適応した特定の苔が着生するそうです。
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フルーツガーデンpuffin フルーツガーデン
1pxかなーり、怪しい。けどおもしろかったです。
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1px 屋久島
2003年4月11日

 朝から断続的に雨。一年に400日雨が降る屋久島で、初めて雨に当たってしまった。明日は帰るだけなので、屋久島観光は今日が最後。一週間で、雨が一日というのは、かなり運がよかったかも知れない。

 まずは、千尋の滝(せんぴろのたき)。「まんてん」でも印象的に使われていた、屋久島を代表する観光スポット。島の南東に位置する。通い慣れてきた周回道路を時計回りに走り、滝を目指す。

 30分ほどで、周回道路から山道にそれると、なんだか甘い香りがしてきた。おそらくサル対策であろう「電流、危険」の金網の向こうはポンカンの果樹園のようだ。程なくして到着。傘を持ってお出かけ。展望台のはるか向こうに滝があった。滝自体もさることながら、巨大な花崗岩の一枚岩との対比がすばらしい。もう少し近くから見たかったが、展望台から下に延びる道は通行止めになっていて、これ以上は無理なようだ。

 セルフタイマーで写真を撮っていると、ご年輩の団体客がやってきてたちまち囲まれてしまった。遠巻きにされて、妙な間がなんだか恥ずかしい。退散。

 雨は相変わらず降り続く。「こうなったら車で島一周だな」って事で、まずは西部林道を目指した。南から北へ、雨に煙る世界遺産の森を車窓から眺めてゆっくりと進む。自転車で走ったときは大きく感じた森も、車だとあっという間に通り過ぎてしまう。世界自然遺産に登録されている地域の半数以上が1,000平方キロ以上の広さを持っているのに対し、ここ屋久島の指定地域はわずが100平方キロあまり。立ち入りが事実上野放しの状態で、この先この自然を守っていくことが出来るのだろうか。

 途中、自転車のグループとすれ違った、と思ったらYNACの藤村さんだった。「こんにちは」「ドライブですか。お気を付けて」と挨拶を交わす。今日は生徒さん多数で、雨の中大変そう。雨の西部林道ドライブ、終了。

 ちょっとお腹が空いてきた。が、「まんてん」ロケ地の永田やさばぶし工場で有名な一湊(いっそう)には食事の出来そうなところが見つからない。結局もとの宮之浦まで戻り、島一周完了。最終的に宿のそばのラーメン屋「かぼちゃ屋」に落ち着いた。

 食後、まだ日は高いが温泉に行ってみることにした。実は今日、宿に団体客が来る予定で、お風呂の混雑が予想されるので、温泉に行く事にしていたのだ。

 2日目の楠川温泉もよかったが、せっかくだから違う温泉に、って事で、一湊の先にある大浦温泉を目指す。周回道路を外れ、細い道をくねくねと走り小さな入り江に出た所に目指す温泉はあった。ちなみにここの入り江は磯もんどり(磯もん:貝などの磯で採れる食べ物。磯もんどり:磯もんを採ること。)やシュノーケリングのポイントとして有名。

 中に入ってみて驚いた。桶川温泉と寸分違わず全く同じ作りだ。違うのは外の景色だけ、こちらは川のせせらぎではなく波音だ。お湯は桶川ほど癖が無く、普通のお湯に近い。

 お湯からあがってくつろいでいると、管理人のおじさんがお茶やお菓子を勧めてくれる。地元の人が数人、前の浜で採れる磯もんのできについて話をしている。まったりな、ひととき。

 宿に戻り、食事。屋久島最後の夜は団体客で賑やかだ。年輩客ばかりの中で、隣のテーブルには添乗員らしい若い女性がいた。一人黙々と食べている。大変だろうなあ。
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海岸puffin 宮之浦の海岸
1px宮之浦、徳州会病院近くの海岸。珊瑚のかけらがたくさん落ちていました。
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大浦温泉puffin 大浦温泉
1px風呂上がりはお茶を飲みながらまったりと過ごす。
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1px 屋久島
2003年4月12日

 屋久島最後の朝はまた好天になった。朝食を食べた後、ゆっくりと荷造りをした。ロビーに降りると、女将さんに「寂しくなりますね」と声をかけられる。さようなら、絶対に、また来るよ。

 最後にYNACを覗いてみた。YNAC名物・・・かどうか知らないが他では売ってなかった・・・屋久島銘水うどんを買い、「お世話になりました」とご挨拶。さすがに休日なので客も多く慌ただしい中、皆さん笑顔で対応してくださる。本当に、ありがとうございました。

 バスに乗り、屋久島空港へ。予定よりかなり早く着いてしまったため、早い便に振り替えてもらった。小さな売店を覗いてみると、さば節が宮之浦の倍以上の値段で売っていた。皆さん、空港で買い物するのは辞めましょう。

 YS11は、来た時と同じく揺れも無く上昇していく。しばらくは宮之浦の町を見下ろしていたが、次第に後方に小さくなっていく。さて、来週から社会復帰。屋久島と同じ24時間とは思えない、雑踏の中の暮らしではあるが、身近な自然にもう少し目を向けてみることにしよう。再びこの地に来る日を思いながら。
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YS11puffin YS11
1pxもしかしたら、人生最後のYS11。
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